胚芽米-福島県 会津産こしひかりを使用したはいが精米を販売
福島第一食糧卸協同組合

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特集10

 

「胚芽米の秘密」

 

<胚芽米の誕生から最新の胚芽米の研究>

 

胚芽米は東京帝国大学医学部・島薗順次郎教授が「脚気病治療」の

ために開発した「総合ビタミン剤のカプセルを白米の一粒一粒に

くっつけた」米として誕生しました。(五明女子栄養大学教授の表現)

前回から、「胚芽米の秘密」として胚芽米の誕生以前、誕生、そして最新

の胚芽米・・・というふうに順次特集しています。今月は第4回目

として、胚芽米の歴史の中から、「おいしい胚芽米@」をお送りじます。

 

第4話  「おいしい胚芽米@」

 

  戦前(昭和2年)に東京帝国大学で「脚気の治療薬」として誕生した「胚芽米」は抜群

の治療効果をあげ、「脚気」はなくなり、世は戦後の平和な時代、飽食の時代へと移って

「胚芽米」の存在も一部の人(栄養学的価値を見出している人)に愛され続けている状態

でした。

 昭和49年に日本神経学会で「若年性多発性神経炎」という食べ盛りの若者の間で発生

した「未知の奇病」が数例報告されました。これが栄養状態がよくなって影を潜めていた

「脚気病」とわかって実態を調査すると370名以上の発症が確認されました。

 栄養不足から発生した、「脚気病」は栄養過剰の時代でもビタミン欠乏から起こりうる事

を実証した形となって、ビタミン、ミネラルの補給源としての「胚芽米」の出番がまわって来

たのです。東京帝国大学で島薗教授と「胚芽米」で「脚気」を実際に治療し、医師をやめ

て栄養大学を設立した香川綾(女子栄養大学学長)ら関係者の努力により、昭和52年当

時、食糧管理法により精米しか配給されなかった米に食糧庁をして「胚芽精米実施要領」

を制定させ復活を果たしたのです。

 問題は「脚気治療薬」としての「胚芽米」では許された「食味」でした。戦後の飽食時代で

おいしくない米はたとえ「胚芽米」であっても敬遠されるのでした。戦前の「黒くてまずい胚

芽米」から戦後の「白くておいしい胚芽米」へ変身させるのには、実は大変な関係者の努

力が必要でした。東京帝国大学の構内に精米機を持ち込んでつくった「胚芽米」から半世

紀、胚芽米を実際に搗精した朝日さんと精米機メーカーの佐竹さんらはそれぞれ息子の

時代になっていましたが、香川綾と親子二代でトリオを組んだ三人が情熱をかけて「おい

しい胚芽米」つくりを目指したのです。

 

 
福島第一食糧卸協同組合 福島県福島市方木田字仲田23-3 TEL.024-546-3535(代表)
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