胚芽米-福島県 会津産こしひかりを使用したはいが精米を販売
福島第一食糧卸協同組合

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特集9

 

 

「胚芽米の秘密」

 

<胚芽米の誕生から最新の胚芽米の研究>

 

胚芽米は東京帝国大学医学部・島薗順次郎教授が「脚気病治療」の

ために開発した「総合ビタミン剤のカプセルを白米の一粒一粒に

くっつけた」米として誕生しました。(五明女子栄養大学教授の表現)

 

前回から、「胚芽米の秘密」として胚芽米の誕生以前、誕生、そして最新

の胚芽米・・・というふうに順次特集しています。今月は第3回目

として、胚芽米の歴史の中から、「胚芽米」誕生をお送りじます。

 

 

第3話  「胚芽米」誕生

 

 大正13年東京大学の島薗教授によって提唱された「胚芽米」は、昭和2年1月に脚気

病の治療薬として東大病院の「病院食」として採用された。同年5月に東京の各新聞社を

招待して「胚芽米の試食会」を開催し、胚芽米を世間に発表した。これを知った陸軍は、

補給米として「胚芽米」を採用、海軍も昭和4年には「胚芽米」を同様に採用している。

昭和3年10月には、首相官邸で開催された、「人口食糧問題第11回食糧部第1特別委

員会において、「胚芽のない米(普通精米)」を国民保健上有害であるので、食用として販

売する事を禁止すべきとの主食改善案を答申した。

 この答申は当時の世間に大きな衝撃を与え、胚芽米の全国普及の端緒となった。

こうして誕生した当時の胚芽米は、現在のような「白いておいしい」胚芽米と違い、「黒く

ておいしくない」胚芽米でした。が、「脚気病の治療と予防」という出発点から考えると致し

方ない事でした。

命にかかわる大事な事でしたので、食味は問題にならないくらい、後回しにされていま

した。 当時、女学校で「胚芽米」を食べさせられて、「胚芽米」は「おいしくない」という

イメージをずーっと抱いていて、最近の胚芽米をそれ以来始めて食べて、「おいしくて感

動した」という年配のご婦人がいらっしゃいました。80年前に誕生した「胚芽米」はそれか

らいろいろな人々の苦労の末、現代の「おいしい胚芽米」へ進化して来たのです。

 

(参考文献 二瓶貞一 胚芽米の来歴)

 

 
福島第一食糧卸協同組合 福島県福島市方木田字仲田23-3 TEL.024-546-3535(代表)
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