胚芽米-福島県 会津産こしひかりを使用したはいが精米を販売
福島第一食糧卸協同組合

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特集8

 

「胚芽米の秘密」

 

<胚芽米の誕生から最新の胚芽米の研究>

 

胚芽米は東京帝国大学医学部・島薗順次郎教授が「脚気病治療」の

ために開発した「総合ビタミン剤のカプセルを白米の一粒一粒に

くっつけた」米として誕生しました。(五明女子栄養大学教授の表現)

前回から、「胚芽米の秘密」として胚芽米の誕生以前、誕生、そして最新

の胚芽米・・・というふうに順次特集しています。今月は第2回目

として、胚芽米の歴史の中から、「胚芽米」誕生以前Aをお送りじます。

 

第2話  「胚芽米」誕生以前A

 

 日露戦争から戻った島薗順次郎は、国家の大問題となっている「脚気病」の原因究明

と「治療」の仕事が待っていました。

 当時、脚気病は毎年2万人の死者を出し、原因も治療法もわからない、恐ろしい「病気

」でした。「脚気亡国論」の出る中で、国は(現代では文学者として有名な「森鴎外」本名「

森林太郎」)陸軍医務局長・森林太郎をまとめ役して「臨時脚気病調査会」をつくり、脚気

病の原因究明と治療法の本格的対策に乗り出しました。

 この時、森林太郎はじめ多くの医学者は「脚気伝染病説」、一方、島薗順次郎は「脚気

ビタミンB1欠乏症説」をとり、20年間に亘り、激しい論争が繰り広げられました。

 昭和7年、島薗順次朗が脚気病がビタミンB1欠乏症であると臨床的に証明し、この論

争の終止符を打つまで続けられたのでした。

この間にも、島薗順次郎は、胚芽にビタミンB1が多く含まれていることをつきとめ、「胚

芽米」をつくるとこにより、脚気の治療に役立てられないかを研究し続けて、東京帝国大

学の大学病院に入院中の脚気病患者に「胚芽米」を食べさせて、昭和2年は初めて「脚

気の治療」に成功し、「病院食」に「胚芽米」を正式に採用しました。

 この時、東京帝国大学の島薗内科教室に香川昇三医師と横巻綾(後に結婚して香川綾

)がいました。二人は胚芽米のビタミンB1について研究していました。特に綾は島薗教授

のもとで「胚芽ごはん」を脚気病患者に「白米」の代わりに食べさせては「脚気病」がなお

っていくのを目の当たりにして驚きを隠せないでいました。

 

 
福島第一食糧卸協同組合 福島県福島市方木田字仲田23-3 TEL.024-546-3535(代表)
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